V.江夏豊 その伝説

相変わらずのブームが続くのが、プロ野球だ。今シーズンも中日の岩瀬投手の最多登板記録や、ソフト バンクのサファテ投手のシーズン最多セーブ記録など記録の更新が相次いでいる。 そんな折、僕が個人的に20世紀最高の投手だと確信する江夏豊氏の対談番組を耳にする機会を得た。 江夏氏の持つ現在も破られていない記録として、シーズン最多奪三振数という記録がある。 シーズン401奪三振という記録なのだが、現在では200イニング登板が一流投手の条件であること を考えると、とてつもない記録だというのがよくわかる。 この記録の達成がかかった巨人との試合で、試合前に記者から質問があった。「誰から記録となる三振 を取りたいか」というものだ。江夏氏は即座に「王選手からです」と答え、試合はプレーボールを迎え た。 すんなり、王選手から三振を奪い、記録達成と意気揚々にベンチへ引き上げるのだが、どうもベンチの 様子がおかしい。そこでコーチから告げられたのは、新記録ではなくタイ記録だったという事実だった。 完全に江夏氏の勘違いである。そこで、その後にとった行動が考えられないものであり、同氏らしいと 感心してしまった。 「自分は試合前に、新記録となる三振は王選手から奪うと公言した。であれば、新記録達成の瞬間のバ ッターは絶対に王選手でなければならない。」そう思ったそうだ。ところが、王選手に次の打順が回っ てくるまでには、8人の打者と対戦しなければならない。その8人から絶対に三振を奪ってはならない し、かといって打たれて点数を与えてもいけない。 そして、8人のバッターからは三振を奪うことなく、王選手を再びバッターボックスに迎えることにな った。結果、王選手から三振を奪い、見事記録達成となったわけである。 わざと三振を取らずに打者を打ち取るという技術がどれだけのものかはおそらく、誰にも理解できない のではないだろうか。 次号でも、江夏氏の逸話を続けたいと思う。

(覆面ライター 辛見 寿々丸)