V.もう一人の天才

将棋の世界で、敗戦が大きく報じられるというというのは極めて異例のことだ。僕の記憶によれば、最 初が羽生善治現三冠が七冠を失った時、その次が加藤一二三九段が通算1100敗を喫した時ぐらいだ。 そして、今回は、今をときめく藤井聡太四段である。 藤井聡太四段といえば、史上最年少でプロ棋士になり、奨励会時代を含め、詰将棋解答選手権を3連覇 中であるから、まぎれもなく早熟の天才であることに異論はないだろう。 しかしながら、僕がこれぞ天才だと思うのは、同じ藤井姓でも聡太四段ではなく、猛九段だ。 聡太四段が中学生でプロ棋士になったのに対し、猛九段の場合はプロの養成機関ともいえる奨励会入会 が高校生というからあまりにも対照的だ。つまり、聡太四段がプロ棋士としてスタートしたころには、 猛九段はプロはおろか養成機関にも入会していなかったことになる。 藤井猛九段は、将棋の既成概念を変えた棋士といわれている。将棋には様々な格言があるのであるが、 それがどんどん覆されていくのだから、プロ棋士の皆が驚嘆し、天才と呼ぶのも納得だ。 具体的に何をどう変えたのかは難解であるが、特に序盤戦術の研究に心血を注いだ点は、その後の若手 棋士たちに与えた影響は大きかった。象徴的な例としては、テレビ対局の場合だ。プロ棋士でさえ、藤 井猛九段の指し手の意味を解説することができない場面をよく見かける。その逆とも言えるのかもしれ ないが、猛九段の解説が将棋ファンにとっての一番人気なのもよくわかる気がする。 この続きは、来月にしたいと思う。マニアックすぎて少し恐縮ではあるのだけれど、久々の僕の出番な のでご容赦願いたい。

(覆面ライター 辛見 寿々丸)