V.「東子ワールド」

教室に貼られた、アグネス・ラムの大きなポスターの前で議論が白熱していた。 最も優れた日本語のポップスの作詞家は誰かというテーマだった。 最後に絞られたのは、小椋佳と松本隆の二人。当時の彼らの代表作は、「シクラメンのかほり」と「木 綿のハンカチーフ」。結果は覚えていないのだが、普段はどちらかといえば洋楽好きの仲間たちとの議 論だったので、今でもよく覚えている。 日本語のポップスにおいても歌詞そのものの存在の重要性が確立された時代だったのかもしれない。 以前から、メッセージ性の強い歌詞や優れた歌詞の楽曲は数多くあったはずだが、それが改めて認識さ れるほどのインパクトがあったのだろう。後に、松本隆は松田聖子に「赤いスイートピー」という作品 を提供するのだが、当時のスイートピーに赤という色は存在しなかった。あまりにも有名な話ではある が、その後、品種改良の結果、赤いスイトピーが誕生したわけだからそのすごみがわかる。 にもかかわらず、ヘルメットを5回ぶつけたり、ブレーキランプを5回点滅させてもその意味を相手に 全く理解してもらえず、むなしく感じた思い出が僕にはある。 そのせいか、最近の僕はといえば、職場の同僚である「イソノさん」の勧めで古内東子を聴いている。 「やさしくされると切なくなる 冷たくされると泣きたくなる」そして「追いかけられると逃げたくな る 背を向けられると不安になる」と畳みかけてくる部分が何ともたまらない。大音量の車中はさなが ら「東子ワールド」だ。

(覆面ライター 辛見 寿々丸)