V.「春の予感」

空が白々としてきて、ようやく夜が明けたかと思った瞬間。ラジオから「春の予感」という楽曲が流れ てきた。声の主は南沙織。 この楽曲は化粧品のCMに使われたことでも有名で、出演していたのが小林麻美だったことをなぜか鮮 烈に覚えている。 当時の彼女は長い黒髪がとても印象的だったのであるが、このCMではショートカットに変身していた のだから、その衝撃度は当時かなりのものであったと記憶している。後日談によれば、髪を切ったので はなくウィッグで撮影に臨んだようだ。 僕自身にとって、この楽曲はいろいろなものが凝縮されている思い出の曲でもある。 それがなんだったのかはよく覚えていないのだが、春=出会いというワクワク感がきっと強かったのだ ろう。 その頃、「桜貝のシンちゃん」と僕は授業と授業の間の休憩時間にいつもある場所で顔を合わせていた ようだ。ある場所とは学校のトイレだったわけだが、彼は僕の存在をそこで知ることになったと後日、 聞いた。彼は軽い腎疾患を抱えていたから、そこで毎時間ごとに顔を合わせる僕のことがとても気にな ったらしい。 その頃の僕はといえば、授業中は教室に貼ってあるアグネス・ラムの大きなポスターを見つめてウット リするばかりで、もちろん、その後「ショウ」や「ジミー」たちと出会うことなど知るはずもなかった。

(覆面ライター 辛見 寿々丸)