V.「月下美人」を聞きながら

「桜貝のシンちゃん」とは、同じ高校・大学に通っていたにもかかわらず、仲良くなったきっかけは「 自動車教習所」だった。 お互い、期限ギリギリまで通って免許を取得した超劣等生の間柄だ。 従って、彼と遊ぶといえば取り立ての免許を駆使してのドライブがもっぱらだった。 そこで活躍するのがカセットテープの存在だ。 彼は、様々なジャンルの楽曲を「海用」だったり、「山用」だったり、「朝用」だったり、「夜用」だ ったりと自分なりに選曲して編集したテープを車に乗せていたから驚きだった。今でこそ当たり前だが、 アナログ時代の作業はさぞ大変だったことは間違いない。ただ、彼の場合はそれが趣味だったからそん なことは苦でもなかったのだろう。 当時、第三京浜をイーグルスのホテル・カリフォルニアという楽曲が終わるまでに走破するというゲー ムが流行っていた。この曲は6分30秒ほどの演奏時間だから、相当の速度超過をしない限り走破は不 可能だ。というわけで、挑戦したことは一度もない。速度違反で捕まる可能性が大だったから、いわゆ る運試しのような意味もあったのかもしれないが。 「桜貝のシンちゃん」の場合は、第三京浜を運転する車中ではいつも「門あさ美」の「月下美人」とい う楽曲だった。ふと、空を見上げるとその空はいつも白みかけていた。

(覆面ライター 辛見 寿々丸)