V.湘南の海、「真夏の出来事」

ある夏の早朝のことだった。電話の受話器を取ると、そこから聞こえてきたのは「ジミー」のダミ声だ。 彼からの電話はその時が初めてだったと記憶している。僕が用件を聞く間もなく、彼は切り出した。 「今日、そっち方面の海に行くよ」と。 僕の予定を確認するわけではなく、要するに付き合えということだ。ところが驚いたことに、その後も 何度かそんなことがあったのだが、「ジミー」から電話がある日に限って僕の予定表は空白なのだ。ま るで僕の行動パターンを把握しているとしか思えない。 断る理由もない僕は、彼の言葉に快諾した。夏の湘南の海といえば混雑は必至だ。 おそらく、僕が穴場の存在を知っていると思っての電話だったのであろう。これまた偶然なのだが、当 時の僕はその穴場を見つけたばかりだったのだ。 何処で落ち合ったのかは忘れたが、彼の愛車を覗き込んだ僕は少しだけとまどった。 というのは、親友である「ショウ」はわかるのだが、後部座席に「レイコ」の顔があったことだ。僕の 知る限りでは、それまで「ジミー」と「レイコ」の交遊はなかったからだ。 それはともかくも、僕たちはその穴場なる海水浴場へと車2台で向かうことになった。穴場の定義は、 車が止めやすいことと水質が良いことの2点だ。もちろん、そんなに混雑もしていない。 帰りは「ショウ」のリクエストで横浜の元町で食事をすることになった。「ジミー」の愛車であるフラ ンス車が元町の石畳に妙に溶け込んでいたことは言うまでもない。 でも、カーステレオから平山みきの「真夏の出来事」という楽曲が流れていたのは少し残念だった。そ れでも、ばんばひろふみの「SACHIKO」よりはまだましだったかもしれない。

(覆面ライター 辛見 寿々丸)