V.アン・ドゥムルメステールのスーツ

将棋界に新風が吹いた。 羽生前名人から名人位を奪取した新名人はその世界では「貴族」のニックネームを持つ。なんでもベル ギーのとあるブランドのスーツを愛用していることでも有名だ。 その彼のファッションに対する強いこだわりは、「勝負師」のイメージが強い将棋の世界からは想像す らできないほどだ。 その時、ふと僕が思い出したのは「ジミー」の存在だった。高速道路の路肩で赤のポロシャツを非常灯 代わりに振っていた彼だ。 「ジミー」はといえば背は低いし、もちろん足も短い。そういった意味では、親友である「ショウ」と は対照的だ。僕が最も強く印象に残っているのはのは、「ジミー」の腹だ。でっぷりとした腹なのだが 一年中黒いのだ。夏に黒いのはわかるのだが、真冬でも真っ黒なのだ。そのわけを聞いたことがあった が答えはとうに忘れてしまった。 ところが、その「ジミー」は決して恵まれたとは言えない体型を生かしたファッションセンスが抜群だ ったし、だれが見てもカッコよかった。もちろん、女子にももてたし、男性誌、女性誌を問わずファッ ション誌に登場する常連だったからプロから見てもそうだったことは間違いない。 将棋界の「貴族」はクラシック音楽の愛好家であり、中でもとりわけモーツァルトを愛するそうだ。「 ジミー」がクラシック音楽を聴いている姿を見たことはないが、もしかすると当時ブームとなっていた マーラーを好んで聴いていたのかもしれない。 彼の流行を取り入れるセンスの良さを思うとふとそんな気がしたのだった。

(覆面ライター 辛見 寿々丸)