V.3万2千人の心にしみた引退試合

10月3日。広島のマツダスタジアムに今季最高の3万2千人を超える観客が詰めかけました。 そう、この日は今季限りの引退を表明した前田智徳選手の引退試合が開催される日でした。 時はさかのぼります。1989年夏の甲子園での高校野球で目にした光景でした。 初回に先制タイムリーヒットを放ったにもかかわらず、ベンチで頭を抱え込み守備につこうともしない 少年がいました。しかも、その目は真っ赤で今にも涙があふれそうでした。 その少年こそ、若き日の前田選手だったのです。 私が、この少年が前田選手であることを知ったのは彼のプロ入り後でしたが、プロ入り直後にも「3年 以内にレギュラーになれなければ辞める」と公言していたのをよく覚えています。 前田選手といえば、イチロー選手があこがれた選手であったことはよく知られています。 そのほかにも、落合氏や松井氏などの強打者の誰もが天才と認めた資質を持っていました。 このニュースは各メディアで様々な逸話をまじえて大きく取り上げられ、皆の心を揺さぶったことが報 じられています。なぜなのでしょうか。 誰もが認める天才という資質を有し、かつ懸命な練習という努力を重ねた。にもかかわらず、相次ぐケ ガのためにその才能や努力に見合う結果に恵まれたとは決して言えない。 人生の厳しさそのものを彼は野球選手という姿を通じて私たちに表現し、それが痛いほど私たちの心に もしみる。こういうことだったのかもしれません。これほどファンに愛された選手を私は知りません。 さぞ無念で、苦しかったことでしょう。 お疲れ様でした。前田智徳選手。

(覆面ライター 辛見 寿々丸)