V.文学に寄り添う音楽の役割(2)

村上春樹氏の「神の子どもたちはみな踊る」という作品。その中では、どんな音楽が登場するのかご紹介 したいと思います。 第一話「UFOが釧路に降りる」 ここで登場するのは、ビートルズとビル・エバンス。 いずれも主人公のコレクションなのですが、同氏の「ノルウェイの森」という作品でもこの組み合わせが あったと思います。 第二話「アイロンのある風景」 パール・ジャムが何の紹介もなく登場します。 音楽界の最高峰であるグラミー賞を受賞したロックバンドです。 第三話「神の子どもたちはみな踊る」 具体的なものは登場しません。 ただ、「踊る」という言葉から潜在的な音楽の存在を意識することができます。 また、主人公がディスコで踊る姿が蛙に似ていることから、ガールフレンドは彼を「かえるくん」という ニックネームで呼びました。 この「かえるくん」という存在は、この後の作品でも登場します。 第四話「タイランド」 最初に登場するのがビーチボーイズ。デビュー作でも登場したバンドです。 その後は、ジャズのオンパレード。歌手名や演奏者名をはじめとして曲名も具体的に描かれています。 しかし、印象的だったのは主人公の別れた夫がオペラしか聴かない人物だったという点です。 さらに、「オペラ・マニアはたぶん世界でいちばん根性の狭い人種」だと主人公は語っています。 第五話「かえるくん、東京を救う」 この作品には音楽は登場しません。 第三話で「かえるくん」と呼ばれた主人公=神の子ども?を強く意識します。 第六話「蜂蜜パイ」 シューベルトの鱒がクラシックの具体的なものとして初めて登場。 主人公は作品の最後に、彼のこれからを決める重要な決断をします。 私自身、音楽をこれほど強く意識して文学作品に触れたことはほとんどありませんでした。 しかし、村上氏が周到に様々な音楽をその作品の中に意図をもってちりばめているのは明らかです。 ある評論によれば、ジャズ=郷愁、クラシック=異界への予兆という使い分けがなされているということ ですが、そう言われればそれも的確な分析なのかもしれないと思ってしまいます。 ノーベル文学賞候補の常連でもある同氏です。 どうして海外で多く読まれているのか、なぜか文学作品なのに音楽が議論になったりするのか。 納得するには十分すぎる作品でした。

(覆面ライター 辛見 寿々丸)